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平(たいら)和(かず)

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その一言がすべてを変えた

今担当している上級クラスはかなり教えにくい。「日本に数年住んでいた」、とか「親が日本人」、というペラペラ組と、日本には旅行で行っただけで後はコツコツと勉強してきたという二組に分かれる。その上能力的にはクラス内に約四レベルあるといってよい。コツコツ組を挫折させず、ペラペラ組にも面白いと思ってもらえる授業…を目指すと一日中ああでもない、こうでもない、と数々の教科書を渡り歩き、全く進展がないまま日が暮れていたりする。先週もそうだった。考えることだけで時間が過ぎ、手元には何も「結果」がない。日本語教師としてこれほど苛立つことはない。

結局、「こんなのでうまくいくかな〜」という気持のまま教室に向かった。学習歴二十年以上だというのにまだ間違いだらけで、しかも授業中は貝のように口を閉ざしてしまうTさんや、教科書に沿って練習問題をするとつまらなそうに宙を見つめているペラペラ組の顔が浮かんだ。

先週、教科書でカバーすることは既に終わってしまい、ほぼ一回分時間が余った為、今回は少し異文化比較の討論を入れることにしたのだ。まず異文化について、日英二カ国語で書かれた記事をいくつか用意し、宿題にしておく。日本語で読みたい生徒、読む実力のある生徒は日本語で読めばいい。とてもそのレベルでない者は英語で読んでくればいい。そして授業ではまず同じ記事を読んだ者同士をグループにして意見を交わさせる。それが終わったら、今度は違う記事を読んだ者同士がグループになり、自分の記事を日本語で紹介する。最後に、日本語で書かれた討論のための質問を読んで話し合う。

つまり、教師はあんまり出番のないセッションだった。私はただうまくいっているかじっと見ているだけだった。ペラペラ組は勿論討論をリードしている。コツコツ組は一生懸命聞いて、自分の記事紹介の時は話すしかないからなんとか説明しようとしている。

まあこんなもんかな、と思っているうちに授業終了。しかし生徒主体の授業というのは、「先生、サボってる!」と思われたのではないかという不安も残る。が、ほとんど皆が帰ってしまった頃、ペラペラ組の一人が「楽しかったです!」と言ってから出て行った。いつもなんとなく退屈そうな顔をしていた生徒だった。その一言でやっと私は一日がかりの準備が報われた、と思った。やっぱり言葉ってすごい。彼女が何も言ってくれなかったら、私は今も単に時間をムダにしたのかわからなかっただろうから。

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忘年会

クラスの打ち上げが続いている今日この頃…。大人に教えていていいことの一つは、様々な業界の人と交流できること。特にパーティーの場では授業中には聞けなかったような裏話が聞けて面白い。先日の忘年会では、近々仕事で数ヶ月ロンドンに飛ばされるという、航空会社勤務のプログラマーの女性がいたので、こっそり聞いてみた。

「ねえ、Wさん、そういう時って席はビジネスクラス貰えるんですか?それともエコノミー?」
「いえ、実はファーストクラスなのよ!」
「ええっ!ファーストクラスー!」
「そうなの。一応ね。フフ。この前なんか私の隣にF1ドライバーのシューマッハが座ってたらしいんだけど、気がつかなかったの。ファーストクラスって隣と随分離れてるしね。」
(ここで他の学生)「シューマッハが〜?プライベートジェット持ってないんか〜?」(一同爆笑)

銀行で働くB君は来年日本で英語を教える計画だ。
「B君、それじゃあ銀行は辞めちゃうわけ?」
「いえ、一年は休暇として扱って貰えるんです。勿論給料は出ないけれど、職を失うことはないんです。」
へー、そうなんだ〜。オーストラリアの会社ってけっこう条件いいな〜。

Mさんは専業主婦だが、大ニュースがあると言う。「この前日本の高校生をホームステイで受け入れたんだけど、なんと彼女の滞在がテレビ番組になるのよ。私、日本のテレビに出るわよ!」(一同、ウォーッ!)

盛り上がったまま、お開きとなった。「じゃあ又〜!」と手を振り軽い気持で別れたが、本当に又会えるのは何人だろうか。おそらく一生二度と会えない可能性の方が高いのだ。皆さん、メリークリスマス…。日本語を学んでくれて、ありがとう。

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消えてゆく人々

「もしもし?コンピュータールームを開けて欲しいんですけど…」いつも通り、昨夜、オフィスの電話で警備係に電話をした。コンピューターの部屋は、今まで何回か窃盗があったので、常にカギがかかっている。授業中、コンピューターを使って学生にちょっと自習をさせるので、私は毎回こうして電話をかけなくてはならない。が、通常、向こうは学校の名前で出るのに、今回は個人名で答えたのが少しひっかかった。そしてやはり鍵を開けにきた警備係のおじさんは、いつもと違う人だった。ドアを開けてもらい、「サンキュー」と礼を言うと彼が一瞬じっと私を見た。「ロバート、知ってるだろ?」「は?」「いつも帽子をかぶってる小柄な警備係だ。」「ああ!」いつものあのおじさんのことか。名前は知らなかった。「それが何か?」「彼、亡くなったんだよ。」「ええっ?」「心臓発作でね…59歳だった…」呆気にとられている私をそのままに、彼は「じゃあ…」と去っていった。

ロバートさん、というのか…今頃になって私は彼の名を知った。もう一人の警備員だと電話して十分、二十分、ひどいと全く来ず、「あのぅ、さっきお願いしたんですが」とまたかけ直ししたりしていたのだが、ロバートさんになってからは必ず1、2分で来て開けてくれた。私はひそかにもう一人の怠慢なおじさんが戻って来なければいいな、と思っていた。ドアを開けてもらって礼を言う、ただそれだけのおつきあい。最後に開けてもらったのは先々週だっただろうか。人の命とはあっけないものだ。結婚していたのだろうか。子供は?…そんなことまで気になり出した。

そういえば、先月、豪州の携帯電話ビジネスで億万長者となったトルコ出身のビジネスマンも42歳だったと思うが心臓発作で急逝した。日課としていた朝の散歩中だったそうだ。みんな、長寿を前提に何歳までに家を建てるとか部長になるとか人生計画を立てるのだろうが、本当はなんにも保証がない。億万長者でも一介の警備員でも全く無差別に、消える時は消えてしまう。人生って何なんだろうと思ってしまう。私はもう一度ロバートさんにサンキューと言いたかった。

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