今、前教えていた生徒で日本に英語を教えに行っている人が二人いる。その一人から昨日メールを貰った。(以下、原文はまだ英語!)「先生お元気ですか。僕は元気です。(中略)・・・ところで今僕が英語を教えている学校の日本人の同僚が、今日こっそり教えてくれたことがあります。彼は実は現状に満足しておらず、僕が今していること、つまり海外に出て語学を教えているのを見て、自分もそういうことがしたくなったと言うのです。彼は外国で英語か日本語を教えたいらしいです。そこで、先生のメールアドレスを教えてもいいでしょうか。」
日本語教師なんて、不安定だし、給料はよくないし、あまり勧められる仕事には思えない。一生懸命教えた生徒でも、数年後ばったり会うと、もう「こんにちは」
くらいしか言えなくなっていて一体自分の努力は何だったんだろうと思うこともしばしばだ。が、たまにはこのように実際日本へ飛び立って行ってくれる生徒もいる。そうなると、この人の人生の方向を少し変えたんだな、というちょっとした達成感がある。そして、昨日のようなメールを貰うと、今度はその生徒が他の誰かの人生に影響を与えているのを実感する。波紋は自分の知らない所までどんどん広がっているのかもしれない。そういう意味では、日本語教師はお金にかえられないものを得られる仕事だ。
日本語教師が変える人生
コメント
うーん、私は日本語教師は日本の窓口、きっかけでありさえすればいいと考えています。たとえ日本語を忘れても、その人の人生の中での「日本」が少なからず魅力的であれば幸いと。
学校の先生のおかげで人生が変わった友人もそんなにいるとは思えないし、現に私だって・・・。でも学校が楽しかったな、英語が好きだな(話せなくても)、なんて思いはたとえその先生の名前が思い出せなくても残るものです。
このブログからしか推し測ることはできませんが、和先生の授業は彼等の「日本」へのいいきっかけになっていることは確かだと思いますよ。
ありがとうございます。日本語だけを憶えてくれてるのと異文化の面白みやコミュニケーション術を憶えていてくれるのとならやはり後者をとってしまいそうです。そしてこれらは、ことばと違って何年経っても忘れないことだと思います。確かに「窓口」になれればもうかなり満足ではあります。贅沢は申しません。(笑)
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