遠慮の美
オーストラリアにしばらく住んでから一時帰国した時、我が家唯一の「外国人」の友人が家に遊びに来た。台湾から来た姉妹でうちの父の知り合い ー その頃三十代だったと思う。お姉さんは台湾に住んでいながらも日本語が流暢で、妹のほうは日本に住んでいるのになぜかそれほどうまくない。彼女が言いたいことはなかなかうちの両親には通じなかったのだが私はけっこう当てることが得意だった。
とにかく、その日私はある逆カルチャーショックを味わった。というのは母が飲み物をすすめた時に彼女らは「いいえ、どうぞもうおかまいなく。」と「遠慮」したのだ。その時私は殆どショックと言っていいような感情を体験した。「遠慮」ってこんなに美しいものだったんだ。建前でしらじらしい会話をするのは苦手な私、なんでもイエス、ノーで正直に応える英語圏のコミュニケーション法のほうが好きだと思っていた。オースラリアの、遠慮はほぼ皆無の環境で何年か過ごしていたのだが、そのせいか台湾姉妹の遠慮にはなんだか東洋の美を感じてしまった。ちょっとしたクッションがあるやりとりって柔らかで素敵なのだ。
数年後、妹のほうが四十そこそこで他界したことを知った。今でも彼女の想い出はあの「遠慮」する姿なのである。
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