夜のクラスを教えに行くと、上司はもう帰宅していることが多い。なのでここ数週間顔を合わせていない。連絡しなくてはいけない時はメモやメールでまあなんとかなっている。夜間クラスに必要最低限の、先生と生徒だけがいる閑散とした校舎…コンピューターやコピー機が壊れてしまっても誰も聞く人はいない。「すみません、壊しました」と書き置きして(!)、使うのは諦めるしかない。図書館もクラス終了より先に閉まってしまうので学生を連れて行って何かすることはできない。結局学生以外は誰にも会わずそのまま帰ってくる日が多い。同僚とぐちをこぼすこともなく(だからブログで愚痴ばかりになる)、今この学校で何が起きているかといった情報を耳にする機会もない。夜教えていて何かいいことがあるか??駐車スペースがいくらでもあることくらいだろう!!
こんなことも手伝って、私は自分の学校の上層部の人間の顔も名前も知らない。(たまに自分の出勤時に退社する彼らとすれ違うくらい。)しかし、「私の」クラスをキャンセルする権利のあるのは「私の顔も知らない、話したこともない」彼ら。先日、どうしても人数の足りないクラスがあり、仕方なく学生に署名運動をさせた。っと言うと大袈裟だが、「これこれこういうわけで、是非日本語を続けたい」と理由を書かせたのだ。その後クラスで並んで写真を撮った。私は直属の上司にこの署名と写真を渡し、クラスを続行するかどうかのミーティングの際、是非見せてくれ、と嘆願した。しかし翌週、クラスはあっさりとキャンセルされてしまった。私の上司によると「署名など見せる間もなく最初っからもう決まっていた」そうなのだ。この上司はいい人なので私は彼の言葉を信じる。が、マネージメントの態度には腹が立って仕方がない。
結局彼らは「教育」とは関係のない人間であり、だからこそ今の仕事を与えられているのだろう。数だけ見てビジネスに有利な判断を下せる能力を備えていることがこのポジションに就く条件なのに違いない。だから学生のいる状況など知りたくもないし、写真で「数」が「人」に変わってしまうのも見たくなかったのだろう。
署名運動の内容を読んでみよう。
「日本で働きたいと思っています。日本語の勉強は楽しいです。」
「来年日本で英語を教えるつもりです。」
「13歳の息子が日本語を勉強しています。私も日本語を勉強することで、お互いを助け合ったり一緒に練習したりすることができます。」
「日本語は役立つ言葉です。脳を活発にしてくれるし、面白いです。来年の一月に日本に旅行するつもりです。」…
このように一人一人の人生に、日本語学習がなんらかの形でかかわっている。が、私の何倍もの給料を貰って、デザイナースーツで闊歩しているエクゼクティブには、取るに足らないことなのだろう。
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前エントリーに続いて…。カリキュラムもそうだが、教案についても、私はあまり固執していない。勿論「何時何分までにコレコレ導入」とか一応書いてはみるけれど、生徒の出席状況(顔ぶれ)、ムード(疲れ具合など)によってそのまま実行するかどうかは変わってくる。実は昨日の授業でも、教えるべきことを無視してかなり学生に「ムダな」お喋りをさせた。日本語で話したならまだ許されるだろうが実は英語だった(苦笑)。なぜそれを止めなかったか。それは、今学期から入ったF君がちょっと上手過ぎて、なんとなくヒンシュクを買っている感じがあったのだが、昨夜は彼が日本に住んでいた時の体験談をして皆を笑わせけっこう盛り上がっていたのだ。だから、あえてチームワークの名のもとに、私は目をつぶった。臨機応変、そして、日本語学習だけを目的にしない…これは大切なことだと思っている。もっとも他の先生と交代で教えていたりしたら迷惑になるので気をつけるが、こんな時専任はマイウェイで許されるのである。(次のレッスンでカバーする量が激増し苦しむが…笑)
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ここのところ学期ごとにあるミーティングに出るのが憂鬱だ。というのは、ある同僚が必ず私のやり方にイチャモンをつけてくるからである。去年は私の二年生クラスが彼女の一年生クラスから急に難しくなる、と文句を言われた。(去年はかなりできる学生が多かったので多少高度なことも入れていた。)そして、今年はぐっと簡単にしたら今度はなんと「易し過ぎる」と言うのである。(もうマジ切れ寸前…!)彼女の言い分は「二年生カリキュラムによるとコレコレを教えているべきである」。私は反論した。「でもね、アナタのクラスから来た△△さん、覚えてますよね?彼女にその内容でついていけると思いますか?それと去年私のクラスで難し過ぎると校長宛で苦情を書いた◯◯さん、まだ私のクラスにいますよね?彼女がいるのに又高度な内容にしろって言うんですか。」
この同僚はやたら「規則」に従う性癖がある人なのだが、カリキュラムも彼女にとっては軍曹に従う兵隊のように絶対的な「命令」の一つであるようだ。しかし私にとってカリキュラムというのは単なる道しるべであって、それより大事なのは毎年、毎学期異なるクラスの各メンバーに最大限満足して貰える内容とペースで教えることだと思っている。ルールに従いカリキュラムそのままで教えて、「速過ぎてついていけなかった」「高度過ぎてわからなかった」(又はその逆で「簡単過ぎてつまらなかった」等)という感想を持たれるコースが果たしてサクセスと呼べるだろうか。教育もいまや顧客満足を実現してこそのビジネスだ。根本に戻れば答えは明快だと思うのだ。
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先日、久しぶりに面白いテレビ番組を見た。「インターフェイス"Interfaith"運動」というものについてだ。これは現在世界各国の色々な宗教のリーダー達が「他の宗教について学ぼう」という運動をしている話だ。これ、ちょっと意外ではありませんか?宗教関係の人達というのはなんだか自分の宗教が一番で、自分の信ずる神以外は嘘っぱちで、ただただ自分の世界にどっぷりつかっている…少なくとも私はそんなイメージを持っていたのだが…。そして驚くことにこの運動の発端は今から百年以上も前、1893年にシカゴで開かれた"Parliament of World Religions"という集会で、あるインド人が他の宗教と交わり理解するのを提案したことにあるという。もっとも当時は今のように通信が発達していなかったから、彼の発言に感動した参加者達もいったん自国に戻ったらそれ以上外国にいる参加者に連絡をとるのは困難だったことだろう。が、今、私達はそれが容易にできる時代にいる。
番組ではアメリカのカトリック教会に、日本の神道のグループが招かれ、教会内で神道儀式をする模様が紹介されていた。そしてその後、今度はその教会代表が日本に招かれ、神社の中で儀式を行った。又、インターフェイスのメンバーは数年に一回集まるのと共に、世界の「トラブルスポット」を訪ね、現地の人の意見に耳を傾け、解決策を思案する。
今まで歴史では宗教が原因の戦争が繰り返されて来た。そして今もそれが続いているだけでなく、悪化しているとさえ言える。そんな中でこの運動は歓迎されるべき変化だと思う。そしてその根本は異文化理解と共通するものが多い。
次回のインターフェイス集会は2009年に豪州メルボルンで開かれるのだそうだ。メルボルンが選ばれた理由が挙げられていた。
Focuses on harmony, not unity 単一化でなく「和」に焦点を当てている
Convergence, not consensus 合意でなく歩み寄り
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