今日の昼過ぎ、散歩に出ようかとしていた矢先に電話が鳴った。"Kazu?" ソフトな男性の声。え?誰だろう?「驚くかもしれないけど…Rだよ!」彼は数年間、こちらで会社勤めをした時の上司だった。私のことを非常に可愛がってくれ、常に褒め、私を調子に乗らせて(?)社員として成長させてくれた人だ。もうあの会社を辞めてから四年も経つ。彼は私が辞めるより先に、他社にスカウトされて七年間勤めた会社を辞職した。辞める日に彼のオフィスでしばらく抱擁したのを今も鮮明に覚えている。「今はメルボルンで働いているんだ。それで今日、日本語の翻訳者を知らないか、っていうメールが回ってきたので、すぐに君のことを思って、それで電話帳で探したらすぐ見つかった。」「え?翻訳ですか。どのくらいの量?」「うーん、けっこうあるみたい。それに割と科学的な専門用語も多いよ。」もともと翻訳は苦手の私が返事に困っていると「別にいいんだよ、したくないなら。この話は実は君に連絡をとるただの口実!」と明るく笑った。その後しばらく「あの頃」の話に花を咲かせ、私のメールアドレスを教えて電話を切った。
よい上司だった。彼は誰にもフェアで、謙虚で、仕事も出来た。そして何よりも褒め上手で私にやる気を出させてくれた。一度新聞で読んだのだが、オーストラリアの労働者の一番の不満は、雇い主が"appreciate"してくれないことなのだそうだ。"Appreciate"とは「感謝」でもあり、「真価を認める」ということでもある。R氏はその両方を頻繁に、惜しげなく伝えてくれたので、私も一生懸命働く気になったのだろう。
異文化コミュニケーションの本によると、日本企業で働く外国人労働者が上司に「全く褒めてもらえない」ことによく不満を感じるのだそうだ。褒めてもらえないどころか叱り飛ばされたりすることもある。日本の上司というのは「父親的存在」であることが多いので、「子供」である社員を甘やかすことなく鍛えようとするのだろう。が、それはAppreciationを期待している西洋人社員には驚きとショックなのかもしれない。
教育の場でも同じことがある。日本からやってきたばかりの先生がビシバシとスパルタでやると、生徒はどんどんやめてしまい、ひどいと学校に苦情が届く。「褒め上手」な優しい教師のほうがすんなりと受け入れられるのだ。文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、どちらのほうが生徒の為なのか…これは常に悩まされる問題だ。
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去年の六月頃"Quiet Achiever"であるM君について書いたと思う。彼があんまり勉強に自信がなさそうだというのは最初から感じていたが、毎週休むことなく通い続けたM君は、「日本語の勉強を通して何かを学んでいる」のが手に取るようにわかった。そして年末のスピーキングテストで教室で二人きりになった時、彼はこう言った。「先生、僕さ、ちょっと脳みそに欠陥があるんだよ。医学的な欠陥っていうか…暗記とかさ、ダメなんだ。だけど…うーん、その一部は…その欠陥の一部は…僕自身なんだけど…。」こう聞いて私は彼がこの一年でいかに多くのことを学び、いかに上達したか、そしてそれは彼の努力の賜物であり、欠陥など影響していないはずだと言ってみた。それで彼がどの程度納得したかはわからないが、今年も勉強を続けてくれることを願っている。
とにかくここ数年、なんらかの障害を持った学生が増えているように思う。去年は自閉症のC君に一年中振り回されてしまったが、彼のように誰が見てもはっきりわかる障害はまだいい。M君のように見えない障害があり、その上このようにコースの終わりになって知らされたり、または知らされないままだったりすると、正しく学生を評価したり、又は与えるべきサポートを与えられないこともある。M君と同じクラスに中年の男性がいて、私が当てる度に手が小刻みに震えているので随分アガる性格なんだな、と思っていたのだが、ひらがなの宿題を提出してもらったら、字もブルブル震えていた。が、彼は最後まで自分の症状について打ち明けてくることはなかった。
他にも今まで車椅子の学生(毎回彼女も黒板まで来て書けるよう机や椅子を大移動)や視力障害のある学生(拡大したワークブックを特別にコピー)、脊髄の病気で座ることができず激痛の発作がある学生(一番後ろに立ったまま受講、痛みに伏していても数分で回復するので授業を中断しないでくれと言われた)、等々色々な状況に対応してきた。このような学生達のガッツを見ると、中年太りで記憶力低下に悩む自分がいかに幸運かを実感するのである。
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年末に、同僚と上司と私三人だけの小さなミーティングがあった。同僚も上司もオーストラリア人。今年(つまり去年)の問題点などを話し合ったのだが、一年生を担当している同僚に「一年生には漢字の教科書を買わせているのに二年生になってからは買っていないクラスメートが多い、という話を聞いた。一年生には二年生になってからも使うから、と言って買わせているのにこれでは困る!」とかなりきつい口調で言われ、内心驚いた。と言うのはこのミーティングの前にも彼女とは何度も話す機会があったのに、その時はこのような苦情を仄めかすこともなかったからだ。何も上司の前で、しかもこんな態度で言うことないのに…。
生徒に漢字の本の購入を強制していないのは私なりに理由がある。まず、値段。メインの教科書さえ渋って買わない学生が多いのに、漢字の本までは強制が難しい。一年生には「二年使えるから」と言えばいいのだろうが、私の場合「半年、または一年」になってしまうので説得力も弱い。(半年で一応区切りなので前半しか申し込まない学生もいる。)第二に、私も学生時代は、貧困で教科書などほとんど図書館から借りていたクチなので、求職中の学生達が買えない状況がよくわかりつい同情してしまう。本当にお金がなくて買えない、と言われたらそれ以上は何もできないのが現実だ。第三に、私はこの漢字の本があまり好きでない。いい本だと思っていないので、買え、と言えない。(が、これは同僚が非常に気に入っている本で、私がここで教え始める前にもう決まっていたので仕方がなかった。)
このように私なりの言い分はあったのだが、彼女のクレームがあまりに唐突だったので、私も理路整然と反論できずに終わってしまった。
そこで、考えた。もし彼女がミーティング前に、もっと友好的な態度で、「ねえ、漢字の本のことなんだけど…」と少しでも仄めかしていてくれたなら、私ももう少し冷静に対応できただろうに…。つまり、「根回し」。「根回し」と言うと生徒の中には何か悪いことを共謀するようなイメージを持つ人もいるようだが、今回の件で根回しというのはちょっとした優しさ、思いやりなのではないかと思った。
しかしおかしなことに同じミーティングで、上司が言った。「今年は、落第になって苦情を言ってくる生徒が数人いたので、来年からは落ちそうな生徒には事前に警告するようにして下さい。急に落第となるとそのショックが怒りに変わってクレームになるようだから…。」これもある意味根回しのようなものだな、と思ってしまった。私の場合、落とした学生は既に自分のレベルの低さをわかっていたようだったので何も言わなかったのだが、それでもやはりクレームをつけてきたということは、「もしかしたら受かるかも」と思っていたのかもしれない。今年からは「あなた、このままでは100%落ちますよ。」ときっぱり言ってやろう(笑)。
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新年!思い切ってテンプレートも新しいのに変えてみた。年末は頑張ってホームオフィスの大掃除をしたのだがあまりにもひどかったのでまだ随分かかりそうだ。去年読みかけてそのままにしていたDavid Allen著 "Getting Things Done"も出て来た(笑)。日本語に訳されたのが上のらしい。著者は「頭をからっぽにしてこそ創造性を発揮できる」というモットーで、アメリカの超多忙なエクゼクティブ達に、オフィスをいかに整理整頓し、ストレスを減らし、能率を向上するかアドバイスしてきた人。私はエクゼクティブではないが、仕事柄常に紙に埋もれているし、仕事が忙しくなると片付けもさぼり放題の性格なので、彼のアドバイスには色々と考えさせられた。一つ実行したのはメールをなるべく画面に収まる範囲の数(一ページ以内)に抑えるということ。去年この本を買った時にそれをやってみた。確かにそうすると頭がクリアになった気がした。が、迷惑メールはここのところ猛威をふるっているので、マタマタ600とか800になってしまっているのを休暇のうちに、と今整理している。
しかし全てが整理整頓されて「頭がからっぽ」になるとはどんな感じなのだろう。常に何十という数の「やること」に追われていると想像もできない。きっと自由で、体がすーっと浮くように軽くなるのではなかろうか。今年一時的にでもそんな状態になれれば、と少し夢見てしまうのである。
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