先日書いた通り、長年教えていて初めて正式な(!?)苦情の手紙を頂いた(苦笑)。私宛ではない。カレッジの校長宛に送られたのだ。そして私の直属の上司から電話が来て、上司と相談した上「返事」の内容を一緒に考え、その手紙はもう一人の上司が適度に添削してから苦情を書いた生徒に送られたようだ。
豪州でも日本でも何かの事件の犯人は「とても大人しくてそんなことをする人には見えない」ことが多いようだが、この生徒も殆ど個人的に喋ってくることはないような大人しい生徒だった。年の頃は二十代後半くらいだろうか。が、とにかく手紙の内容の意地悪さに愕然とした。「先生は出来る学生と日本語だけで話して私たちが英語でどういう意味か何度聞いても全く教えてくれなかった。」(そんなことあったかなあ。出来る学生はいたし、日本語で話したのは確かだけれど、彼女から内容を聞かれたことなど記憶にない。「何度も」そんなことがあったならそのうち一度くらいは覚えているはずだと思う。大体学生が日本語で話しかけてきているのに英語で返事をするほうがおかしいと思うし、彼女も日本語を習っている身なら、日本語の会話を理解しようという姿勢があって当然ではないのだろうか。全てを英語に直してもらいたい、と思うほうが甘えているのでは??)そして「私は一年間日本語を習って二年生に進んだけれど、先生のやり方は、二年生から入ってきた出来る人だけを相手にしていて私たちは無視された。だから一年生から上がって来た私のクラスメートは全員やめた。」(まるでやめた生徒全員が私の教え方に不満を持っていたからのように聞こえるこの書き方!!確かにやめた学生はいた。でも殆どが健康上の理由や、仕事がどうしても忙しくて、ということだった。そしてそれは本当の理由だったと確信している。嘘だと思うなら彼らに連絡して聞いてみてくれてもいい!)そして一番「愚か」なコメントがコレ。「先生は漢字ばかりやらせて、平仮名と片仮名の復習は全くしなかった。これでは一年生で習ったことを忘れてしまうと思った。」(二年生に入る前に仮名をマスターしていることは条件だ。そしていくら仮名を無視しようとしても日本語の文章というのは仮名と漢字で構成されているのである。何を読んでも、何を書いても嫌でも仮名は復習することになる。私はこれを読んで果たして彼女は日本語の構造がわかっているのだろうか、と疑問に思った。)
この苦情が来たのは学期が終わって二ヶ月近く経ってから。それはちょうど彼女が「落第」の通知を受け取った頃だ。もし受かっていたら、彼女はこの手紙を書いただろうか。
振り返ってみると、彼女はまだコースが終わる前に、このレベルは難しいので一年生のクラスに戻る、と言っていたので、私は彼女が自分の実力をわかっているのだ、とやや安心したのを覚えている。が、彼女がここまで言うほど不満を抱えていたのを見落としていたのはやはり自分の落ち度だったのかもしれない。
学生の能力差は毎年必ず直面する問題だ。私なりに対策はとっているつもりだった。まず、初回の授業で英語で学習理由や学習歴、毎週どのくらい勉強時間を持てるか、などをグループにわかれて話させる。そしてこれから自分とかなり異なるバックグラウンドのクラスメートと一緒に勉強することを実感して貰う。(が、苦情を書いたこの学生は最初の週は欠席していた。)
聴解練習の時などは「チャレンジしたい人はまずはテキストを見ないで聞いてみること。それは無理、と思う人はテキストを見てもいい。」というふうに個人のレベルに合わせて勉強するように指導もしている。
又、学期が始まって数週間後には学生達だけでクラスについて満足している点と満足していない点、満足していない場合はどのように変えたいか、なども話し合ってもらう。が、今回は例の自閉症のC君がいたことと、彼に対する苦情が第一週に来ていたことがあり、このミーティングはしないでいたのだ。
このような事情も重なって、こんな苦情につながってしまったのだろう。幸い上司は「私も教えるスピードが速過ぎる、って苦情貰ったことあるわよ」などと言ってくれ、さほど気にもとめていないようだったが、私はやはり数日間嫌な気分のままだった。とにかくこの苦い経験を活かして、今まで以上に生徒とのコミュニケーションを意識的にとらなくてはいけない、と思っている。
著書
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人生とは不思議なものだ。約二週間前まで、クロコダイル・ハンターことスティーブ・アーウィンは私にとって特に好きでも嫌いでもない、ただの「テレビでよく見る芸能人」だった。が、彼の死後、メディアによってスティーブの人生、功績、人柄が毎日のように伝えられ、彼を知らずにはいられない状況になった。彼の、テレビの画面から抜け出してそのままお茶の間に入って来そうな熱のこもった喋り方は誰もが知っていたが、実はカメラの前で話すだけでなく、襲いかかって来るワニも噛み付こうとするヘビも彼が撮影していた。勿論ケガはつきものだった。が、彼にとって仕事は彼の動物に対する愛の表現場所であり、かつ環境保護という名の「使命」だったのだ。爬虫類の動物園を経営していた父を「時代を先駆けていた」と尊敬し、亡くした母を語る時はその心痛を訴え涙を流した。夫婦で子連れでアメリカのテレビ局を駆け回り、大学の環境保護の研究には自腹を切って貢献していた。何もかもに対して「熱い」男。走るようにして生きた、凝縮された人生だった。まるで44年しかないことを知っていたかのように。
自分の信念と関係のない仕事をお金の為だけにして80年だらだらと生きるよりは、私はスティーブのように生きたい、と思った。実は最近、一つの勤め先で突然リストラにあい、収入が三分の一ほど減ってしまった。又、ある学生から予期しなかった「苦情」を出されて愕然としていた。段々教えることが嫌になっていた。でも、もっと使命に向かって熱く生きろ!毎日を楽しめ!とスティーブが教えてくれた。昨日、彼の追悼式を見た後で私は数年間あたためていた教材のアイデアを火がついたようにタイプし始めた。
スティーブのオーストラリアズー・サイト著書
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先日もう一つ「寝耳に水」と言っていいような嫌な事件があった。解決するまでは書く気もしないので、今日はお笑いネタで自分を励まそうかと思う(笑)。
その1
上級クラス。教科書に「よせ箸」「さし箸」など「箸の使い方」のタブーが絵で紹介されている。そのうち「拾い箸」の絵は勿論箸から箸へ食べ物を渡している様子が描かれている。その下に「○○てはいけません」と書いてあり、生徒は○○に言葉を入れるようになっているのだがS君は「喧嘩してはいけません」と答えた。えっ??? と私が驚いていると「食べ物を取り合っているんじゃないですか。」…うーん、確かにそう見えないこともない。
その2
漢字の時間。「活」という字を教えていた。「この字はね、生活、活動、活気、というような単語に使えます。」と説明しているとT君が「トンカツのカツもそれですか。」と真面目な顔で聞いてきた。これには一番の優等生で普段は表情をくずさないクラスメートのBさんも吹き出していた。
その3
「土用の丑の日にうなぎの蒲焼きを食べる」習慣についての文を読んで来るように言っておいた。宿題をやってきたか聞くと「どうしてもよくわからなかった」という。その疑問は…「どうして牛の日にうなぎを食べるのか」「うなぎとカバの関係がよくわからない。」!!
著書
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「クロコダイル・ハンター」として親しまれていたスティーブ・アーウィンさんが、昨日クイーンズランドの海中で番組を撮影中にエイに刺されて急死した。日本でも「アニマル・プラネット」に出演していたらしいのでご存知の方もいるかもしれない。オージーアクセント丸出しで、愛するワニ、他動物達の保護に情熱を傾けていたことで知られる。一度テレビで「オーストラリアの象徴であるカンガルーを食べるだなんてとんでもないっ!!」と憤っていた彼をまだ覚えている。アメリカのテレビ番組には大きなワニを「持参」して出演。米国でも有名になった。巨大なワニを押さえ込む、不死身のイメージがあった44歳の彼があっけなく逝ってしまったことにオーストラリアはショックを受けている。
しかし彼の父親は「愛する仕事をしながら死んだのだから本望です。」と涙ながらに語っていた。確かにスティーブさんの語りには常に熱意が溢れていた。あまりにも熱心なのであれはテレビ向けの演技なのだろうと思った視聴者もいたようだが、今朝のテレビで、彼を知っていた人達が「あれは本当のスティーブだった」と証言している。そして今、「彼が築きつつ合った環境保護運動をついでいこう」という新たな動きが出始めている。
短い人生だったけれど心から愛する仕事を自分の信念を貫きながらしていた彼に、皆心を動かされているのだと思う。私もその一人だ。そんな人生を送った彼が羨ましい。同時に、昨日の朝までは生きていた彼が今はもういないのだ、と思うと一日、一日を大切に生きていかなくては、と身が引き締まる思いだ。
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