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日本は異文化コミュニケーションをリードできるか

日本から文化力―異文化コミュニケーションのすすめ 日本から文化力―異文化コミュニケーションのすすめ
ジェフ バーグランド (2003/10)
現代書館
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もう一度バーグランド氏の本に戻りたい。初めてこの本のタイトルを見た時私はピンと来なかった。日本から?文化力?この「文化力」というのが異文化コミュニケーションに関連するのなら、それはちょっとありそうもない話だと思った。大体日本人のコミュニケーションって世界でもかなり特殊ではないだろうか?以心伝心、はっきり言わない、曖昧…どうも他の国では通用しそうにないことばかりだ。そんなことを「輸出」しろと言うのか?が、この疑問は最初の8ページを読んで解決した。バーグランド氏はこう言う。「日本流=曖昧文化、常に相手のことを意識しながらコミュニケーションをとる姿が、世界平和の土台作りに大変大きく貢献できると確信しています。」日本人が曖昧なのは、他人の心を傷つけまいとするから。それは英語でいうMindfulという「気遣い」に関連しているとか…。相手が何を欲しているのだろう、と心を読んで人間関係を円滑にしようと努力する…確かに日本人のコミュニケーションにはそういう長所があると言えるだろう。

そう言えば一度生徒にMindfulnessは日本語でどう言うのかと聞かれたことがあった。私にはあまり馴染みのない言葉だったので辞書を引いたが「注意深さ・留意」という程度の訳しか出ていなかった。なんでこんな言葉を知りたいのかと聞くとタトゥーにするのだと言う。(このリクエスト、けっこう多い。どうしてそんな言葉を知りたいの?と言うと「タトゥー」だ。)私はつい「注意深さ」という入れ墨の入った腕を想像してふっと笑ってしまった。

とにかくその後インターネットで検索すると、Mindfulnessはもともと仏教に関係しているとかでパーリ語(スリランカ、ミャンマー、タイ等で仏典に用いた言語)のsatiという言葉の訳なのだそうだ。日本語では「気づき」「念」「物事をあるがままに見ること」「今、この一瞬を意識して生きること」等々、ただの「注意深さ」よりももっと哲学的になるようだ。これを見て、バーグランド氏の言う異文化コミュニケーションでのMindfulnessはここまで深いものではなく、ただ人を気遣うこと、として使われているのだろう、と思ったのだが、次の章に進むともう一つ新しい単語"Salience"が紹介されている。これは「自分の意識の中に強く浮かんでいる、強く意識している」という意味だということで、そうするとMindfulnessの哲学的な意義と似ていることになる。ではなぜこれが異文化コミュニケーションに重要なのか。それは、自分と違う人間とうまくやっていくには相手のことも自分のことも「意識的に意識して」よく理解しなくてはいけないから、なのだろう。思えば豪州でムカッときてしまう瞬間は「日本人ならこうするのにぃ!」と思う時だ。これは相手に自分と同じであれ、という無謀な要求をしているのだ。そして前にも書いたことだが、日本人同士でも自分と違いすぎる人間とはうまくいかないことが多い。そんな時もやはり己を知り、相手を知ることがトラブル解決への道なのだろう。そういう意味で、日本人がよくする「あの人はどう思っているだろう」といった憶測は円滑な異文化コミュニケーションへの鍵の一つなのかもしれない。

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