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著書「日本語教師の卵に贈る 海外での日本語の教え方 裏ワザ集」(電子本-でじたる書房で発売中!
これから海外で教える方必読!E-bookなのでダウンロードしてすぐに読めます!


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日本語教師のケセラセラ

愛、深き淵より―筆をくわえて綴った生命の記録 愛、深き淵より―筆をくわえて綴った生命の記録
星野 富弘 (1981/01)
立風書房
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新学期が始まる時期。いつもながらの悩みなのだが今年はいつもにも増して落ち込んでしまっている。学生が集まるか。一度集まったとしても、ドロップアウトがいたらコースがキャンセルになってしまうのでは?そんな不安が尽きない。毎年この季節になると、つい就職関係のサイト検索をしてしまう。キーワード、"japanese"。すると「日本で英語を教えませんか」、といったNOVA系の広告や、ITのヘルプデスク、クレジットカード会社のカスタマーサービス、等々自分には出来ないのや絶対やりたくないような職種ばかりが陳列される。大体英語はネイティブレベルとはかけはなれているし、トシもトシだ。決して選べる立場ではないのだが…。

やっぱり日本語教師しかないのだろうか。それにしてもどの職場に行っても「先生」どころか「使い捨てパートタイマー」、としか思えないこの待遇…それを知ってて続けるのはなんだか、自尊心ってものを持ってるの、と自分に問いかけたくなる。

画家の星野富弘さんが、全身不随になった事故の後、ショックで悶々とした時に子供の頃のある体験を思い出したという。それは、川で溺れそうになった時のこと。パニックしてなんとか岸に戻ろうとするともっと溺れそうになる。が、流れに身を任せていると無事に岸に戻れた、とかそういう内容だったと思う。(この本ではなくどこかのエッセイで読んだように記憶している。)なぜか心に残る話で、たまに悩みがあると思い出す。心配しないでなるがままにしておこう。そうすればきっと着くべき岸に着けるだろう。そう思うと少し心が落ち着くのだ。

著書日本語教師の卵に贈る 海外での日本語の教え方 裏ワザ集 オーストラリア発信!でじたる書房にて発売中!



Become a Better Listener

小さいことにくよくよするな!―しょせん、すべては小さなこと 小さいことにくよくよするな!―しょせん、すべては小さなこと
リチャード カールソン (2000/06)
サンマーク出版
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英語圏で暮らしていて苛立つことの一つは会話のパターンである。自分がまだ話し終わらないうちに相手はもう何かを言い始める。「間」がないのが自然。「間」があると気まずい。これが英語流。時たまならまだしも、これがスタンダードな会話法なのだから、いい加減自分の言ったことをちゃんと聞いて理解してくれているのかどうかが疑問に思えてくる。そして何年海外に住んでいても母国語でのパターンからはなかなか抜け出せないものなのだ。(特に夫との会話にはしょっちゅうキーッとなってしまうー苦笑)

Richard Carlson著の "Don't Sweat the Small Stuff ... and it's all small stuff"は和訳されて日本でも販売されているようだが、その中に"Become a Better Listener"という章がある。彼はこの章で「我々はコミュニケーションを競争であるかのように扱っている。まるで相手の言っている文の結論と自分の文のスタートにギャップがないようにすることをゴールにしているみたいだ。」と述べている。そして相手をさえぎって話さないのは勿論のこと、単に自分が話す番をいらいらと待つのではなく、相手の言っていることすべてをじっくり聞き、それに喜びをおぼえる良いリスナーになることを提案している。これはある意味では西洋文化から東洋文化へ移ることの推奨なのかな、とも思える。うちの夫に読ませたい本だ。(笑)

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日本は異文化コミュニケーションをリードできるか

日本から文化力―異文化コミュニケーションのすすめ 日本から文化力―異文化コミュニケーションのすすめ
ジェフ バーグランド (2003/10)
現代書館
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もう一度バーグランド氏の本に戻りたい。初めてこの本のタイトルを見た時私はピンと来なかった。日本から?文化力?この「文化力」というのが異文化コミュニケーションに関連するのなら、それはちょっとありそうもない話だと思った。大体日本人のコミュニケーションって世界でもかなり特殊ではないだろうか?以心伝心、はっきり言わない、曖昧…どうも他の国では通用しそうにないことばかりだ。そんなことを「輸出」しろと言うのか?が、この疑問は最初の8ページを読んで解決した。バーグランド氏はこう言う。「日本流=曖昧文化、常に相手のことを意識しながらコミュニケーションをとる姿が、世界平和の土台作りに大変大きく貢献できると確信しています。」日本人が曖昧なのは、他人の心を傷つけまいとするから。それは英語でいうMindfulという「気遣い」に関連しているとか…。相手が何を欲しているのだろう、と心を読んで人間関係を円滑にしようと努力する…確かに日本人のコミュニケーションにはそういう長所があると言えるだろう。

そう言えば一度生徒にMindfulnessは日本語でどう言うのかと聞かれたことがあった。私にはあまり馴染みのない言葉だったので辞書を引いたが「注意深さ・留意」という程度の訳しか出ていなかった。なんでこんな言葉を知りたいのかと聞くとタトゥーにするのだと言う。(このリクエスト、けっこう多い。どうしてそんな言葉を知りたいの?と言うと「タトゥー」だ。)私はつい「注意深さ」という入れ墨の入った腕を想像してふっと笑ってしまった。

とにかくその後インターネットで検索すると、Mindfulnessはもともと仏教に関係しているとかでパーリ語(スリランカ、ミャンマー、タイ等で仏典に用いた言語)のsatiという言葉の訳なのだそうだ。日本語では「気づき」「念」「物事をあるがままに見ること」「今、この一瞬を意識して生きること」等々、ただの「注意深さ」よりももっと哲学的になるようだ。これを見て、バーグランド氏の言う異文化コミュニケーションでのMindfulnessはここまで深いものではなく、ただ人を気遣うこと、として使われているのだろう、と思ったのだが、次の章に進むともう一つ新しい単語"Salience"が紹介されている。これは「自分の意識の中に強く浮かんでいる、強く意識している」という意味だということで、そうするとMindfulnessの哲学的な意義と似ていることになる。ではなぜこれが異文化コミュニケーションに重要なのか。それは、自分と違う人間とうまくやっていくには相手のことも自分のことも「意識的に意識して」よく理解しなくてはいけないから、なのだろう。思えば豪州でムカッときてしまう瞬間は「日本人ならこうするのにぃ!」と思う時だ。これは相手に自分と同じであれ、という無謀な要求をしているのだ。そして前にも書いたことだが、日本人同士でも自分と違いすぎる人間とはうまくいかないことが多い。そんな時もやはり己を知り、相手を知ることがトラブル解決への道なのだろう。そういう意味で、日本人がよくする「あの人はどう思っているだろう」といった憶測は円滑な異文化コミュニケーションへの鍵の一つなのかもしれない。

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