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平(たいら)和(かず)

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ニュースにみる男尊女卑

毎日NHKニュースを見ているある学生の意見。「ねえ、先生。あのニュース、男のニュースキャスターと女のニュースキャスターの二人だけれど、いつも男のほうがなんだか色んな意見を言っててさあ、女のほうはハイ、とか頷いてるだけに見えるんだよね。ボク、まだ日本語の部分は殆どわからないけれど…。」えーっ、そうかなあ、と思って聞いていた。そして次回のニュース時に気をつけて見てみると…ほーんとだ。ニュースストーリーの後で男性は必ず自分の見解を示す。そして女性は大抵それに同調して次のニュースに移る。女性が先に意見を言ったり、又は男性に意見を求められたりするのはニュースの内容が「子育て」とか「買物」の時だけのようだ。意見を述べる時間の長さでいくと男性が8、女性が2くらいかもしれない。しかし学生に指摘されるまで、私はそれを見ていて不思議とも不自然とも思わなかった。先日も書いたことだがやはりカルチャーというものは内部にいるものよりもソトの人間のほうがよく見えるということだろうか。

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贈る言葉

期末試験が終わった。これは例の鬱病の子や家庭のごたごたで白紙答案を出した子のいるクラスだ。今学期は私自身、職場の人間関係のストレスも多く、学期の終わりは「トンネルのむこう」のような気がしたことが多かった。私をチクチクと批判した同僚には常に「ちょっとはこっちの話も聞いてよ。」「私が毎日どんな生活をしてるかわかってたらそんなことは言えないはず!」という不満を抱えていた。それを思うと生徒達だって同じ悩みがあったのでは、と思う。個人的な理由で100%実力を発揮できなかった学生だっているはずだ。特に上記の二人は確実にそうだ。

そこで試験が終わった時、クラスにこう言ってみた。「皆さん、この日本語コースに参加してくれてありがとう。私はこのクラスを教えられて楽しかったです。皆の努力に感謝します。でも、よく残念に思うのは、私たち教師が、生徒の努力に対してあまり点をあげられないということです。私たちはみんなの個人的な事情を常に把握しているわけではないし、たとえ知っていたとしても成績というのは皆の試験の結果にかかっています。でも、個人的な事情や健康の問題などで思い通りに勉強できないことだってあると思います。そこで、皆さん、是非自分自身で、自分なりの成績をつけてみてください。もし最初のテストで100点中10点しか取れなかったのが、最終的に49点になって落第したなら、それは実は優秀な成績かもしれないし、逆にもともと日本語をかなり知っていた人がろくに勉強もせず70点を取ったなら、それは実は落第点かもしれません。今後みんなが社会に出ても、一生他人による評価というのは続きます。だけどそれは必ずしも正当なものではないかもしれない…だから常に自己評価をすることを忘れないようにしてください。」

クラスは静かに、私の言葉に耳を傾けてくれた。鬱病の子の視線を感じたが、あえてそちらを見ないようにした。私はたまにこのようなちょっと年寄りくさいことを言ったりするのだが、若い学生達はなぜか真面目に、真剣な表情で聞いてくれる。今日のこの「スピーチ」もしようかどうかちょっと迷っていたのだが、やはりしてよかった、と思った。それはくじけそうになった自分へのメッセージでもあったのだ。

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様々なキャラたち

学期末が近づいてきた。生徒だけでなく教師だって毎週指折り数えて休暇を待っているのだが、いよいよ最終段階となり振り返ってみると一学期というのは本当にあっという間だ。まだ十分に暑い二月に初めて会った生徒達が今はセーターに身をくるめて寒そうに座っている。しかしこの「あっと言う間の」数ヶ月間に随分と生徒自身に変化があったり、または私からの生徒の見方が変わったりしていることもある。

学期の初めにひょうきんなオージーのK君について書いた (2/23)。彼はけっこう欠席が多かったのだが意外なことにまだやめずに来ている。次から次へと口をついて出て来るジョークでクラスは何度も笑わせてもらったのだが、K君は実はけっこう真面目な青年なのだな、というのも折々窺えた。それは先日彼が最後にスピーキングテストを受けた後二十分以上も話をしていった時、確実なものとなった。「思うんだけどさ、英語のネイティブスピーカーでもきちんと発音する人が少ないよね。だからボクの日本人の友達もわからないことが多いんだと思う。うちの母親は語学教師だったんだ。もう死んじゃったけどね…。それにしても豪州で働いてる若い日本人は可哀想だよね。時給は違法なくらいに低いよ。でも会社が豪州企業でない限り捕まることはないらしいんだ。ひどいよね。ボク、日本人の友達が出来てこんな状況を初めて知ったんだ。ほんとに驚いたよ。」こんな話をするK君は最初教室に入ってきた能天気なオージーボーイとは全く別人に見えた。

一方、中級クラスにいるTさん。彼は過去ずっと落第していることで有名だ。それでも一応中級に居座っている。が、遅れに遅れ、催促を繰り返した後やっと提出して貰った宿題を見るとなんとクラスメートが書いたものと全く同じ。これには私もムカッと来た。高校を出たくらいの子がやるならまだしも、彼は二児の父親である。仕方なく呼び出す。「ねえTさん、これ、自分で書いたものですか。」「うん、そう。」「私、違うと思うんですけど…。」「え?どうして?」「だってこれ、Pさんの答えと全く同じですよ。」「ええっ?」「とぼけないで。」「うーん…先生、よく覚えてるね。」自供したところでお説教をした。「あのね、わからないなら私に聞きに来てくれませんか。そうしたら喜んで教えてあげます。」「うん、でも学校時代も勉強はダメだったんだ。」(こういう生徒、実に多い。何十年も前の学校の成績を一生引きずっている。)「だけど今やってるのは日本語でしょ。昔の勉強と関係ないと思います。家で勉強してるんですか。どのくらい?」「ボクは怠慢なんだよ。それは認める。もっと勉強しなきゃ駄目だって、わかってる。」
「じゃあ、とにかくこれ、自分の力でやり直して来週再提出して下さい。」翌週、彼は自力で書いたものを提出した。そして今までは授業中当てても全く答えられなかったのだが、その週当てたらちゃんと答えが返ってきた。クラスメートも唖然として彼を見つめている。「すごい、Tさん!予習したんですね。」「へっへっへ…照れるじゃないか…。」
そこで期末試験を作った後で、試験内容に似た練習問題を配り「期末にはこんな感じのが出るから、これを徹底的に練習しておくこと。」と予告しておいた。これならTさんだって努力次第では受かる可能性が出て来る。数日後、Tさんの試験を採点した時、嬉しくなった。彼にしてはけっこう出来ていた。試験勉強をしたのは明白だった。私が変に甘くつけなくても彼は合格点を得た。彼は初めて正々堂々と日本語コースに合格した。

さて、初級クラスの無口なM君。いつも一番後ろの席にじーっと座っている。殆ど誰とも話すのを聞いたことがない。が、M君の努力と上達ぶりはそっと観察していた。最後のほうではたまに質問さえするようになっていた。スピーキングテストに来た彼は緊張はしていたが、しっかりタスクをやり遂げた。そして稀なるスマイルを見せてくれた。にきびだらけの、お世辞にもハンサムとはいえない彼だが、その微笑みは輝いていた。こんな人を英語ではQuiet Achieverというらしい。

対照的にブラッド・ピットのような風貌のL君。背も高い。さわやかな微笑み。彼は日本人の彼女がいるから、とクラスに来ていた。アイコンタクトも強く、彼に見つめられたら誰だってふらーっとなってしまうだろう。が、スピーキングテストの後で「最近日本語の練習できなくなっちゃった。」え?どうして?「彼女と別れたんだ。」あら、そうなの。「じゃ、また新しい彼女見つかるでしょ?」(あなたならすぐに次のが見つかるわよ。っていうか「彼女募集中!」って言った途端に行列が出来る…。)

以上今回はなぜか男性のほうが色々なキャラにあふれていた。女性はどちらかというとおとなしかったのだが、まあ後期はどうなるか、フタを開けてのお楽しみだ。

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お局対処法

4/28のエントリーでは最近ちょっとやそっとのことではくじけないっ!と強気なことを書いたのだが、その後例の同僚の態度はさらに悪化。チクリチクリと個人的に攻撃され、それは段々いじめ又はハラスメントと言ってもいいのではないかというほどにエスカレートしていった。さすがにそうなると私も言われるたびにカッとなる。頭の中に浮かぶのは「藁人形」…(爆)。彼女なんか辞めてくれたらいいのに…とそればかり思うようになる。そんな状態が続いて風邪をひき、家に帰ってきてもなんだか鬱な状態でリラックスできなくなってきた。明日は何を言われるか、もしこう言われたらこう反論しよう、とかそんなことばかり考えているからだ。しかし数日経つと怒りよりも段々こんな自分が情けなく、恥ずかしくなってきた。同僚一人とうまくやっていけなくてなにが異文化コミュニケーションだろう。自分のまわりに平和を作れなくてなぜ自分を「平和」だなんて名乗れるんだろう。「○○がこう言ったからこうしてやる!」という今の私の考え方は「子供の喧嘩」そのものではないか。

もっと建設的に対処してみようとネット検索。しかもキーワードは「お局 対策」(笑)。が、意外に役立つ情報にめぐりあえた。(お局記事)
それは「イジワルをしたりイライラしがちな人は、実はその人自身が一番ストレスを感じている可能性がある」ということ。そう言われて考えてみると彼女は常に他人より自分が多く働くことになるのを非常に不満に思っているフシがある。私から見るとそれは自分でそうしているとしか考えられないのだが、彼女はそれが原因で八つ当たりをしているのかもしれない。もう少しそこに理解を示してみたら何かが変わるかも…。

そんなある日テレビを見ていたら十年前に校庭で遊んでいた時に知らない男にガソリンをかけられて放火された男の子が、今十六歳になってインタビューを受けていた。いまだに火傷のあとも痛々しくまだ手術が続いているという。が、「犯人のことはもう憎んでいません。許しました。だって憎むことはストレスだから。」私はこのコトバを忘れないようにしようと思った。

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教えることが楽しい時間

学期も終わりに近づきつつあり、大体どの学生が落ちそうかも目に見えて来る今日この頃…そんな数人に復習レッスンに来ないかと声をかけてみた。一人は最近中国にいる義父が亡くなったとのことでバタバタしているらしく前回のテストでは白紙答案を提出した学生。もう一人は鬱病の傾向がある上数回病気にもなり欠席が目立った学生。他は私の知る限りでは個人的な問題はないがただ遅れている学生たち。

が、鬱病の子は私の提案に感謝するどころか「私っ、明後日他の科目で大事な試験があるんですっ。行けませんっ。」とツンとした感じで言い放った。「そう、別に来なくちゃいけないって言ってるわけじゃないのよ」となだめている(?)と中国人のほうは「うん、じゃー、ボクは行こっかな…。何時ですか。」彼と時間を決めていると鬱病のほう、気が変わったのか「じゃ、私も行きます…。」他の数人とは連絡が間に合わなかったので違う時間にした。大体人数が多くなり過ぎては復習セッションの意味がない。

結局翌日のセッションに来たのは鬱病のほうだけ。中国人の学生からは「他の科目の都合で急に行けなくなった」と後からメールが来ていた。鬱病の彼女はやはりちょっと普通の学生と態度が違うなと思った。と言うのは教えている時に彼女のワークブックの今までやった問題を見ようとすると手で覆うようにして見せてくれないのだ。間違いを見られるのが恥ずかしいのはわかるが、ここまでカバーするヒトも珍しい。黙っていると無表情なのでなんとか面白いことを言って笑顔にさせるのにひと苦労だった。決して頭が悪い学生ではないのだが、だからこそ日本語でこんなに遅れているのが自信の喪失につながってしまっているのかもしれない。

次の日の他の学生とのセッションは楽しいものだった。個人的にノートを見たり問題点を話したりするとどこでひっかかっているのかがよくわかるし、又、普段は聞けないようなコメントも色々聞くことが出来た。例えばA君は「漢字が一番好き。一度見たら大抵覚えられる。漢字の勉強は楽しい。」Bさんは「最近段々文の組み立て方がわかってきた。」こんなことは授業中には言ってくれないことだった。

本来なら教師には自分の部屋があって常にそこを本拠にできて(勿論フルタイムで雇われていて)学生はいつでも質問に来られる状況であるべきだ。が、私のようなカジュアルの場合、まずは他の仕事との時間の調整、その上場所の手配をして初めてこのようなセッションを設けられる。そしてそれが完全に無給なのは言うまでもない。しかしこのような時間は楽しくて給料を貰えないのは気にならないし、日本語教師としての本当の仕事 ー学生と触れ合い、日本への興味を高め、日本語学習の手助けをすることーをしている充実感があった。それはともすれば難しい職場の人間関係や毎日の事務的な義務で忘れ去られてしまいかねない愉しみなのだ。それならばこれは試験前になってからでなく、学期中を通してしなくてはいけないことだったような気もした。

とにかくあとは全員の合格を祈るだけだ。最終的に運命は学生自らの努力にかかっている。こんな時教師の存在の無力さも実感するのである。

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