義理、本音、建前
「義理」という概念はあたかも日本特有のもののように、よく日本紹介の本などにgiriという綴りで書かれているが、昨日のエントリーの「お箸の国」では勿論のこと、英語圏でも、人間関係においての重要度が異なるだけで同じコンセプトは存在すると思う。英語圏でもなにか親切を受けると" I owe you one " (一つ借りが出来たね)という表現があり、それこそ例の「帳簿」に記入がされるような響きだ。「本音」と「建前」も又日本独特のように言われるが、もし「建前」がなく「本音」でしかコミュニケーションしない社会があったとしたらそれこそジム・キャリーのコメディ「ライアーライアー」のようになり一大事だ。嘘も方便、white lie があってこそ世の中成り立つのだ。日本だけを色眼鏡で見なくてもいいと思う。

